そだてる 暮らす 香港ノート
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お世話になりました

深センへ行きました。
19時に上がってKCRに飛び乗り国境を越えて焼肉屋さんへ。


お肉も焼かずに待っていてくれた上司さんとうちの彼。

今夜はお世話になった上司さんとのプチお別れ会。

今月末で本当に退社の運びとなったうちの彼。
この会社での3年間、広州・深セン・香港間の大変な往復の日々だったけれど
思えば3年前、坊主アタマにスーツのあやしい若造を
この上司さんが拾ってくれたことがきっかけで
彼は香港に家を構えて仕事をすることができたし、
私まで図々しくもそこにやってくることができたし、
さらには上司さんの家にも上がりこんで、そこから深セン大学に通わせてもらうこともできた。

そうしてふわふわな我らが結婚なんていう一大決心をできたのも
すべてはこの会社で働ける環境にあったからこそ。

上司さんには本当にお世話になりました。

お酒を飲むと止まることをしらない機関銃トーク。
今夜ももちろん「3年で辞めるなんて、甘いよ、甘い。」とか毒舌砲弾もいっぱい浴びたのだけど
それでも、なんとなくいつもよりペースを保ちながら呑んでくれた上司さんは
いつものように子供の話をいっぱいして、
いつものように奥さんの話をいっぱいして、
いつものように「早く子供つくれよ」と言った。そして、

「次会うのは子供ができたときだ。それまでもう会わないからな」 と言った。

それまでいつものようにはいはいと聞き流していた私達もこの不意打ちな一言が胸にぐっと入り込んでしまった。

その言葉が上司さんの気持ちの本心のような気がした。
涙がうるうる上がってきそうになるのをぐっとこらえた。

せっかくここまで育ててもらったのに
まだまだもっといろんなことが見たい知りたいと、ここを飛び出すことを決めたうちの彼に
上司さんもきっと残念な気持ちと、頑張れよという気持ちが複雑に混ざり合っているのだろうと思った。

いつでも遊びに来いよ。ではなく
そう言ってもらえて、よかったなと思った。



次の日、上司さんはゴルフに出かけ、
その間に私と彼は上司さん宅の我らの部屋の荷物をすべてまとめた。
卒業する、そんな気分で。

できれば顔を合わさず出発しようと思っていたけど
荷物を背負って出ようとしたところで玄関ががちゃりと開いた。

腕と足にポロシャツとソックス型の日焼けを作った上司さんは
私の記憶の中のお父さんみたい。

大荷物の私達を見て、下まで荷物を運ぶのを手伝ってくれた。
的士に乗るところまでを見送って
私がさみしそうな目でアタマを下げるのをあまりみないように、じゃ、と手をあげた。



上司さん、本当にお世話になりました。

胸張って再会できるようにがんばります!







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